「Terroir愛と胃袋」にて「死について」お話会に参加しました 

北杜市高根町長澤にある「Terroir愛と胃袋」にて、10周年記念のイベントが開催されました。イベントの名前は「愛と胃袋万博」。女将の石田恵海さんよりイベント内でお話をしてほしいとお声掛けいただき、講師として参加してまいりました。

テーマは「死って何なん?」死について考える講話です。

このお話会を通じ「死」を考えることの大切さを再認識しました。講師をご依頼いただいたとき、女将の石田さんはこう仰っていました。
「田舎にいると孤独死も他人事ではない。またコロナによる死は、罹患したことによる死はもちろんだが、コロナに関連した死、自死といったものもあるように感じられる。」
石田さんのように死をごく身近なものと考える方もいらっしゃいますが、普段の生活では意識することのない方のほうが多いかもしれません。整備された現代日本では、「死」が見えにくくなっていることも理由の一つでしょう。場合によっては意識的に、無意識的にかかわらず「見ないように」過ごすこともできてしまいます。

死について考えることに是非や善悪はありませんが、どんな人にも平等に、必ず訪れる「死」を考えることは、いまこの世界を生きるあなたの生を豊かにしてくれるものだと信じています。

さて、この会は住職にとっても学びの多いお話会となりました。お話のあと、参加して下さった数名の方からお声掛けをいただき、それぞれの考えや状況をお聞きできました。とても貴重な体験でした。皆さんが「死」とそれぞれの形で向かい合っているのだと実感した時間であり、僧侶としても喜びを感じた有難いご縁でした。

もう一つ、素晴らしい学びがありました。この機会が大きな内省となったことです。
昨年度、住職は大学院で学びました。大学院の講義でも「ミニットペーパー」という課題提出があり、その時々の学びを振り返っていました。
しかし、自分の歩みや、関わる方と自分自身の学びが直接つながることは初めての体験でした。学びが「いま」目の前にあることとつながる「学ぶ意義」を強く感じられた時間でした。

死を考えることに正解や結論はないのでしょう。しかし、これからも死と向かい合っていく中で見えてくるものに、真摯に向き合う自分自身でありたいと思いを新たにしました。

このような素晴らしい体験ができた「愛と胃袋万博」でした。お話会に参加してくださった皆様と、この機会を設けてくださった女将さんに感謝申し上げます。

なお、愛と胃袋さんが運営されている一棟貸・旅と裸足のプランでは、「タナトスの誘惑」という死を考えるプランもございます。早朝からのスケジュールではありますが、お話・坐禅・お勤め・朝粥を味わいながら、いっしょに死を考える時間が過ごせますと幸いです。


http://www.aitoibukuro.com/
https://tabitohadashi.com/

令和4年4月9日「大般若会法会・お花まつり」のご報告 

【大般若会法要・お花まつり】は、令和4年4月9日、午後1時30分から自元寺本堂にて厳修されました。

残念ではありますが、感染拡大を受け本年も規模を縮小し、僧侶7名と総代様、自元寺寺族関係者の参列のもと厳粛に行われました。法要のご祈祷のみ行い、法話・昼食会・梅花講・御詠歌は本年も中止致しましたが、滞りなく終了いたしました。

天候にも恵まれ暖かな1日となり、春の法要にふさわしい日でした。しかし、3年間にわたり檀家の皆様の参列が叶わなかったことは本当に残念です。

昨年と同様、町内檀家の皆様には大般若会のお札とホットケーキを総代様を通してお配りいたしました。大般若会法会は、「厄事災難を祓う・開運祈願」の法要です。一日も早く何事も心配せず皆様と集えるように、皆様の健康と幸せを心を込めてお祈りしたお札をお配りいたします。

また、ホットケーキには仏さまのお誕生日を祝う気持ちを込めました。「クリスマスのように、お花まつりも盛り上げよう」と若手の僧侶たちが始めた企画で、お子さんを中心になかなか好評です。近い将来「お花まつりの日には、みんなでホットケーキを食べる」ことが季節の行事になるかもしれませんね。ぜひホッと温かい気持ちで、甘茶と一緒にお召し上がりください。
6月12日には庫裏の落慶法要も予定されております。その際には皆様と集えますように、心から願っております。

さて、大般若会法要にご参加された経験のある方は、住職が緋色の衣を着ていることに気づかれたでしょうか。
「開運祈願の祈祷だから、明るい色を着ているのですか?」とおっしゃる方もおられますが、それは違います。修行を重ね、晋山結制を行うと緋色の衣を着ることが許されるようになるのです。緋色を着ることを許されるようになってようやく 「僧として一人前」とおっしゃる方もおり、この緋色の衣が正装なのです。洋装は黒の方が格式が高いとされていますから、面白い違いですね。

修行僧は基本「黒衣(こくえ)」
色の付いた衣「色衣(しきえ)」
赤い衣「緋衣(ひえ)」
赤い衣の袖や首のところが十二単のようになっている「緋恩衣」
黄色い衣「黄恩衣」
赤紫の「赤紫衣(せきしえ)」

曹洞宗ではこの順番で着用が許され、着ている人がどのような資格を持っているかが一目で分かります。

しかし法衣の色はあくまでも役割などを分かりやすくするもので、だれが偉いかという事を表すわけではないと言われています。言うまでもなく、仏さまの前では皆が平等、「仏さまの弟子」です。

庫裡落慶法要・自元寺開創450年の記念式典のお知らせ 

令和4年6月12日、自元寺開創450年の記念式典を執り行います。これらは令和2年に執り行う予定でしたが、思いもよらぬ感染症の広がりを受け、2年越しの開催となりました。当日は以下の3つを執り行わせていただきます。

①開創450年記念法要
②小和田哲男先生講演会
③庫裏耐震補強工事落慶式法要
会場 白砂山自元寺(北杜市白州町白須 1364)
【電話】0551-35-2245(FAX兼用)  【e-mail】jigenji1570@outlook.jp

詳しいタイムテーブルなど詳細は総代様と協議後、改めてお知らせをいたします。現段階では縮小開催ではなく、檀家の皆様にご参加いただけますように準備を進めております。コロナの状況に応じて規模や開催方法などは変更される可能性がありますが、皆様と今度こそは集まれるのではないかという期待を込めて、ご報告をいたしました。

【行事の詳細につきまして】

①開創450年記念法要
自元寺開創450周年の法要は、令和2年6月27日に総代様と寺院関係者のみで行いましたが、今回皆様にお集まりいただくにあたり、改めて法要を行う予定です。どのように行うか現在検討中ですので続報をお待ちください。

②小和田哲男先生講演会
小和田哲男先生は自元寺開基である馬場信房公のご子孫でいらっしゃいます。歴史学者である小和田先生は特に戦国時代史を研究されており、わかりやすい解説が人気で、NHK「歴史秘話ヒストリア」や「知恵泉」などにもご出演されました。歴史をなぞるだけでなく、史実を基に現代を生きる私たちへのアドバイスも寄せて下さる予定です。

③庫裏耐震補強工事落慶式法要
庫裏の耐震補強工事が無事終了いたしました。式典に合わせまして落慶式法要を行います。羽村祐毅さんに設計をいただき、今よりもさらに「地域の人が集まりやすく」「立ち寄りやすい」開かれた庫裏となりました。お寺らしい格式を保ったまま建物の補強も行いましたので、安心してお過ごしいただけます。ぜひ皆様にご覧いただきたいと思います。

この一大行事に向け、総代の皆様にも、青年部会の皆様にも、自元寺とご縁のある多くの方々からの大きなご尽力を頂いております。良い行事になりますよう皆様のお力添えをいただきながら準備を進めてまいります。

4月9日「大般若会法会・お花まつり」縮小開催のお知らせ

【大般若会法会・お花まつり 縮小開催について】
ここ最近の暖かさで、ここ白州にも一気に春が来たように感じられます。
さて、令和4年4月9日に予定しておりました「大般若会法会・お花まつり」は、本年も縮小開催させていただきます。

「大般若会祈祷会」は昨年に引き続き、総代様、寺院のみでご祈祷を執り行います。
ご祈祷致しましたお札は、白州町内は総代様・役員様にご配布いただく予定です。町外の檀信徒の皆さまには郵送にてお送り致します。
今年で縮小開催は3回目となります。今年こそはなんとか檀家の皆様に例年通りお集まりいただき、この季節ならではの華やかな行事で春を喜びあいたいと考えておりました。期限間際まで検討を重ねておりましたが、3月中旬を超えてもオミクロン株の収束が見えず、苦渋の決断となりました。

檀家の皆様、地域の皆様がこの一年健やかに過ごせますよう、また新型コロナウイルス感染症の早期終息をお札に記し、心を込めてご祈念いたします。

【花まつりのお話】
お花まつりがお釈迦様の誕生をお祝いしたものということは良く知られております。どの寺院でも共通しているのは、花で彩られた花御堂にお釈迦様の幼い日の姿をかたどった【誕生仏】を安置し、祈りを捧げながら甘茶をかける、というものです。

では、なぜお花を飾るのでしょうか?
それはお釈迦様が花畑でお生まれになったことが由来とされています。お釈迦様は、ネパール南部にある、ルンビニーという小さな村の花畑でお生まれになりました。ネパールの気候は亜熱帯、色とりどりの花が咲き乱れていたことでしょう。それに倣い、お堂を花で美しく飾るのです。飾り方にはこれといった決まりはなく、お堂の屋根に花を敷き詰めることもあれば、足元を花畑のように飾ることもあります。日本では春の花が飾られます。

甘茶をかけるのは、龍が天から降らせた甘露を、お釈迦様の産湯に使ったという伝説になぞらえたといわれています。中国では「優れた王のもとには龍が現れ甘露を降らせる」という言い伝えがあり、これはお釈迦様の徳の高さを表したエピソードとされています。

日本では仏教を日本の習慣に馴染むように工夫してきた歴史がありますが、仏教を根付かせるため中国でも、もとからあった故事や習慣などを取り入れたのですね。仏教が伝わった経路が見える、興味深い伝説だと思います。

さて、そのお花まつりには欠かせない甘茶。自元寺では、境内で採れたものを使います。漢方薬の一種でもあります。機会がありましたら、自元寺製の甘茶、ぜひ味わっていただきたいです。

自元寺と共に生きた祖母 山崎彌生の話

住職の祖母、山崎彌生は昨夏より体調が悪化し療養しておりましたが、令和3年10月8日に93歳で逝去しました。葬儀は住職の祖父・正道方丈の意向を第一として、葬儀委員会で10月7日の通夜、8日の葬儀に1周忌法要と合わせてお勤めをいたす運びとなりました。

激動の昭和、平成、そして令和の三時代を生き抜いた女性。その人生に少し触れさせていただきます。

祖母は、お隣長野県・松本市浅間温泉にあった造り酒屋で産まれ、家族と共に朝鮮半島にわたり、そこで育ちました。曾祖父には商才があり成功をおさめ、祖母も不自由のない生活を送ったと伝え聞いております。ほどなく終戦となり、祖母家族は日本に帰って来ました。当時、外地で築いた財産は国に預けなくてはならず、帰国後の生活にはかなり苦労したそうです。

その後、伯父である自元寺26世・秀雄方丈の願いで17歳で自元寺へ。縁あってのちの27世となる正道方丈と結婚し、戦後の厳しい時期を乗り越えてきました。曾祖父の才能は祖母にも受け継がれたようで、自らの子育ての傍ら、保育園も運営しました。子どもを預ける場所も少なかった時代です。私利のためではなく、地域のための園でした。その後も白州町立白州保育所に定年まで勤務、園長もつとめ多くの子どもを送りだしました。

「やよいせんせい」を慕って、お寺に卒園生が訪ねてくることもあったようです。祖母にとっては大人になっても可愛い園児だったようで、父親世代の人も「〇〇ちゃん」と呼ばれ、呼ばれた方も戸惑いながらどこか嬉しそうにしている姿は微笑ましくもありました。

先々代住職と共に長きにわたり寺を守り、寺族としてもご立派に勤められました。代替わり後鳥原の福昌寺に入られてからも、自元寺の行事の際は足を運び御詠歌や総代さんたちの接待などもこなし、田畑にも精を出し、地域の皆さまとも親しく過ごしておりました。情に厚く涙もろく、周りの人々とのご縁を大切にする祖母は、まさしく「お寺のお母さん」そのものです。

戒名は、彌生院自研明覺禅尼(みしょういんじけんみょうがくぜんに)です。

「自研明覺」は永平寺の禅師さまから授かったものです。自元寺と子どもたちを守り育ててきたこと、寺族としてのあり方への教示、それらの願いを込めてお贈りくださったものだと思います。

院号「彌生院、禅尼」は夫である祖父が送ったものです。自元寺のご本尊・阿弥陀さまのご加護を願い、また今を生きる私たちを見守ってほしいとの思いを込めて追贈したのでは、と考えております。祖母の生き様を表したかのような戒名であると感じております。

激動の昭和から三つの時代を駆け抜けた祖母の人生は決して平坦なものではなかったはずです。その時代時代を真摯に生きぬいた祖母が、過去から大切に繋いでくれたご縁を、丁寧に次の世代につないで参ります。

水子供養、ペット供養、遺品や気になるものなど各種供養をお受けします

自元寺では様々なご供養を行っております。

「水子供養」「ペット供養」のほか、「遺品のご供養」「大切にされていたもののお焚き上げ」などもお受けしております。

【水子供養について】

子どもをなくすということは、人の最も大きな悲しみの一つです。普段は何事もなかったかのように生活ができていても、長い人生のふとした瞬間に思い出されることもあるでしょう。自分だけでその苦しみを抱え込んでいませんか。様々な理由で、お住いの地区でのご供養が難しい方もご相談ください。

他の方とお会いすることがないように配慮いたします。また、遠方であったり人との接触を控えたい方にはオンラインでのご供養も行っております。

「供養をする」ということは、無理やり辛さを手放すことではありません。供養という方法を通じて、自分の中の苦しみや悲しみと向き合いながら、ともに歩んでいく節目とするためにもあります。仏教は長い年月悲しみや苦しみと向き合う方法を考え続けてきました。あなたのその気持ちに寄り添い、あなたらしい心のありようになれるよう、お手伝いを致します。

【ペット供養について】

ペットを愛玩のためではなく、家族の一員として迎えられる方も多いでしょう。ペットをなくす悲しみは、その愛が深いほど同じように深くなる事だと思います。

人生のひと時、一緒に過ごしてきたペットが安心して虹の橋に旅立てるように。飼い主さんがこれからの人生を前を向いて過ごせるようにそのお手伝いをさせて下さい。自元寺にはペット用の墓地はありませんが、心を込めてご供養いたします。ご火葬後にお越しください。

【遺品や気になるもののご供養について】

どんなものでも、大切にされてきたものには想いがこもっているように感じる方も多いことでしょう。自元寺ではこめられた想いや歴史を大切にしながら遺品供養を行います。

お位牌、紙のお戒名、仏具やお軸など、どのように扱ったらよいかわからないものがありましたらお気軽にご相談下さい。

自元寺でお魂抜きご供養ののち、「お預かり」「お焚き上げ」「業者引き取り」などそれぞれに一番適した方法で、最後まで大切に「いのち」を見届けさせていただきます。

想い出の品、遺品、気になるもののやお焚き上げもお勤めいたします

また、よくお問い合わせをいただきます「卒塔婆」につきましては、春頃、境内に卒塔婆ご供養専用の場所を設けますので、そちらに置いてくださるようお願いいたします。

仏教には執着(しゅうじゃく)という言葉があります。とらわれることが苦しみを産むと考えられているのです。何かにとらわれていると感じたとき、その辛さを軽くするためにご供養という選択肢もお考え下さい。

3月より活版印刷の御朱印を授与いたします 

こちらの記事でも予告しておりました、新しい御朱印のお知らせです。

今年3月、耐震改修工事を終える庫裡完成にあわせまして、開基・馬場美濃守信房公の御朱印を、100枚限定にて授与を開始させていただきます。御朱印は写経を寺社におさめた際、その証として授与されたのが始まりとされております。もとは「修行の証」であった御朱印の精神性を大切に、ご参拝いただけますと幸いです。

※2月下旬に、詳細をお知らせいたします。

新しい御朱印は、昔懐かしい「活版印刷」で作られています。活版印刷とは、印刷する部分が凸状に盛り上がった金属版にインクを付け、ギュッと押さえて印刷をする方法です。巨大なハンコをイメージしていただくと分かりやすいのではないでしょうか。古くは15世紀のヨーロッパで発明され、明治の初めころに日本でも広く普及しました。

一枚一枚が手作業で仕上げられるため、一つとして同じものがありません。昔ながらの方法ゆえの独特の印刷のかすれや文字の凹凸が味わい深く、近年その良さが見直されているそうです。

自元寺の御朱印は、「アラベール」用紙に、住職がしたためた字と、坐禅の境地をあらわす王三昧、自元禅寺の印を押しています。アラベールは昔から人気の紙で、特にデザイナーの方々が好まれます。 画用紙のような親しみやすい風合いで、紙そのものの手触り、質感が人気です。

空押しで寺紋の花菱も入れていただきました。厚みのある柔らかな手触りがなんとも愛おしく、思わず触れたくなります。

筆文字と活版印刷の相性がとても良く、洒落た御朱印になりました。3回もの印刷を重ねた、手の込んだ作品です。ぜひたくさんの方にご覧いただければと思います。

さて、この御朱印をつくって下さったのは、「活版印刷室 HACHIYA」さんです。北杜市にお住いのご店主は、大変多才な方です。オンラインをメインに活版印刷を営まれながら、ファイナンシャルプランナーも取得されそれを活かすべく正しいお金の考え方のワークショップを主催されたり、寺カフェでも講義や運営をしてくださっています。とても興味深く楽しい教室を開催してくださいました。

また、お人柄も素晴らしく、相手のことを慮る、その人のことを第一とするやさしさと、奉仕のこころを併せ持った素晴らしい御仁です。物静かで聡明な雰囲気で、静かな時間を一緒に過ごしたくなります。自元寺での寺カフェワークショップが再開された際には、ぜひご店主にも会いにいらしてください。

HACHIYAさんのホームページも訪れてみてください。活版印刷の良さと愛情が伝わってきます。FBには、自元寺の御朱印の制作過程も掲載されておりますので、御朱印の実物をご覧になりながら「こうやって作られたんだなあ。」と想いを馳せるのも楽しいと思いますよ。

八やさんFacebookページ https://www.facebook.com/hachiyaprint

ホームページ https://hachiyaprint.thebase.in/

令和4年「開山忌法要」と「年初のお寺参り」のご報告

令和4年1月5日に開山忌を執り行いました。そのご報告をいたします。

開山忌とは、自元寺を開山された端叟淳的(たんそうじゅんてき)大和尚様のご供養を行う法要です。

毎年行われる法要ですが、新年の冷たい空気の中、年頭にご開山様にお焼香が出来るのはありがたい事と感じております。1年の始まりの風物詩です。

午前11時より、自元寺本堂にて僧侶7名、総代様、自元寺家族の参列をいただき厳粛な雰囲気の中行われました。昨年と同様、新年会の宴席は中止とさせていただきました。昨年末は明るい光が見え始めたと感じ、今年こそは皆様と過ごせるかと期待しておりましたので本当に残念です。

 今年も、開山様の423回忌を迎えることができました。

古くは戦国時代からこの令和の時代まで、代々の住職が同じように祈ってきたことを想い、歴史を積み重ねていくことの重みを感じる法要でもあります。今年も一年一年を実直に、皆様に支えられながら積み重ねて参ります。

また、15日には年頭のお寺参りも執り行いました。

本年も、「位牌堂でのお参り」「ご祈祷札をお配り」するのみとさせていただきました。位牌堂でのお参りは通常の形とは違いますが、それぞれのご家族ごとに「ご先祖様とゆっくり向き合える時間が取れる」とありがたいご意見も頂戴しております。

もちろん感染症予防対策は第一に考えますが、可能な範囲で少しずつ工夫して皆様が心安らげる時間になった事に安堵しております。またご感想なども頂戴できればと思います。

今年も皆様と共に、地域に開かれたお寺として一歩ずつ進んでまいりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

余談ですが、同じころ、地域での成人式も行われました。昨年は延期され大型連休に実施されたそうですが、今年は感染症の検査をすることで例年通りの1月に行えたそうです。成人式は一人前と世間にも認められる大切な節目。晴れ着姿の嬉しそうな若者たちが何ともまぶしく、この大変な時代でも大きく羽ばたいてほしいと願います。

さて、曹洞宗では10歳から仏門に入ることができます。しかし一人前と認められるのにはそれからいくつもの段階や修行を経る必要があります。僧侶というと黒い衣を着ているイメージがあると思いますが、修行の段階によって着られる着物の色が変わっていき、ある段階に入ると緋色の着物を着ることが許されるようになるのです。この段階になって初めて”一人前と認められた”とおっしゃる方もいらっしゃいます。

少々強引かもしれませんが、成人式の晴れ着もただ華やかなだけでなく、一人前となることへの覚悟や、それまで歩んできたことを皆にみせるという意味があるかもしれませんね。

2022年、新年のご挨拶を申し上げます

世界中に拡がる感染症も、収束に向けて小さな光が見え始めて参りました。まだまだ油断はできない状況ですが、新年を昨年より穏やかな気持ちで迎えられたことに安堵しております。昨年は長年自元寺を支え続けた祖母の逝去もあり、寂しい年明けとなりました。

まず、新年にふさわしい明るいお知らせがあります。

多くの方にお力添えをいただきました庫裡の耐震改修工事が、おかげさまで1月末には概ね仕上がる予定です。スロープを設け縁側も広くつくられ、より立ち寄りやすくなりました。自元寺の目指す「おらが寺」、地域へ開かれたお寺を体現したかのような素晴らしい造りです。皆様にお披露目ができる日を心待ちにしております。

また、本年は例年の法要に加えまして、3月には昨年逝去いたしました祖母の本葬儀、6月には庫裡落慶法要と延期しておりました小和田哲男先生をお招きしての記念講演、同月下旬には先代の13回忌も予定されており、行事の多い年となります。ここ2年間はやむを得ず行事を中止又は縮小開催をせざるを得ませんでしたが、今年こそは、皆様と様々なことを分かち合えたら、と期待しております。

曹洞宗の本山、 永平寺では「ぎょうじ」を「行持」と書き表します。

物事を行うことが「行事」ですが、物事を持(たも)つこと、その行為の成り立ちや意義を知り、それを今一心に行ずることを意味しています。修行を怠らず続けるという仏様の教えの一つでもあります。

どんなことでも長く続いたり忙しくなりすぎたりすると、その意義が失われ形だけになってしまうことは少なくありません。

今、行ずるためには今この時の世情や背景もきちんと認識し、なんのために行っているのかを定めていかなくてはならないのだと思います。一つ一つを丁寧に、行うまでの準備、行った後にもつながる「行持」となるよう、それぞれを大切にしたいと念じています。

すさまじいスピードで変わりゆく現代、誰も未来を見通すことはできません。“今の子どもたちの 65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就く。今ある仕事の47%は自動化される”という説もあるそうです。そんな先行きが見えない時代だからこそ「脚下照顧」足元、目の前の出来ることにただ一心に向き合うことを大切にしていきたいと願っております。

最後に、檀信徒の皆さま、お体ご自愛くださいますようお願い申し上げます。重ねて皆様のご健康とご多幸を祈念申し上げ、新年のご挨拶といたします。

参考

教職員等の指導体制の在り方に関する懇談会提言:文部科学省 (mext.go.jp)

インターネットでよきお寺と人をつなぐ「まいてら」に登録されました

お寺とのお付き合いを始めたいけれど、敷居が高い・聞きにくい・誰に聞けばよいか分からない‥など困った時に便利なサイト「まいてら」に登録させていただきました。

「まいてら」は、新しいお寺と人との繋がりを作るサイトです。目的や地区、宗派などを入力し、手軽にお寺の検索ができます。 

単にお坊さんが呼べるだけ、お寺の所在地をまとめただけのサイトとは一味違います。お寺とお付き合いのない方が安心して「よきお寺」と出会えるよう、信念をもって作られたサイトです。

「安心」をただ謳っているだけではありません。

100以上の項目に基づき、真摯にお寺の運営に取り組んでいるか、健全な寺院運営が行われているか等を丁寧にチェックし、基準をクリアしたお寺のみが掲載されています。

例えば、必須基準に「堅実な管理運営」が設けられているのは、大変現代的だと感じます。長いお付き合いをするためには、情報の管理がされているのか・信徒に過度な負担はかからないかなども気になりますよね。このようにお寺に直接聞きにくいことも事前に知ることができます。

また、事務局が現地調査を行っているため「書類はあるが実際にはお寺が運営されていなかった」などの非対面ならではのトラブルも起こりにくくなります。

詳しくは、まいてらの安心のお寺10ヶ条をご覧ください。何をもって安心のお寺としているかがよくわかります。

 このように客観的な基準はありますが、それだけではないと感じています。掲載されているのは、この現代社会でお寺に何が出来るのか、迷っている・悩んでいる人々に何かできることはないのかと、真剣に考えているお寺ばかりです。

「まいてら」を通じた、宗派を超えたオンラインでの交流会などもありますが、宗派や考え方の違いはあれど、皆さん熱い心をもって真剣に皆様の幸せを考えています。さらに精進しなくてはと気持ちが引き締まります。

先日行われた「戒名カフェ」もまいてら寺院の皆さんと作り上げたもので、今後も継続して開催されます。

また、寺院側もこのサイトに登録するなかで、檀家制度や永代供養に関してなど曖昧になりがちな寺院の制度を整理することもできました。基準を設けて明示することで、より公共性が増したと感じています。

もちろん直接のやり取りを大切に考えておりますので、記載はあくまでも目安とお考えいただき、額面通りでなく、お気軽にご相談下さい。

「多くの人が安心してお寺とのご縁を育み、『お寺のある生活』を通じて日々の安心を得ていただきたい」これがまいてらのコンセプトです。

また、イベントやそれぞれの寺院のコラムなども掲載されています。よきお寺に出合うきっかけとして、仏教に興味を持った方の次への第一歩として。

「まいてら」をご活用いただければ幸いです。

まいてら「自元寺」紹介はこちら